【世界一周】フィリピン留学でクラスメイトが授業放棄した話

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マガンダン アラウ!フィリピンでセブ島留学してますぷーやん(ぷーやん@世界一周 (@puuyaan) | Twitter)です٩( ᐛ )و

今日はちょっと真面目なお話。
長いからお暇なときに読んでね。

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プロローグ

クラスメイトのサウジアラビア人が、教室から出て行った。
残されたのは、日本人、韓国人、台湾人、そしてフィリピン人の先生。

怒り狂った彼には誰の声も届かず、彼は「もうこの授業には今後一切参加しない」と言い放ち、残された先生は泣いていた。

授業のテーマは「友情」

いつものようにグループ授業が始まる。
先生の挨拶に始まり、今日のディスカッションテーマが発表され、それについて討論していく。
今日も変わらず進んでいくはずだった。

「What is Friend Ship?(友情とは何か?)」
先生の質問に対し、みんな慣れない英語で答えていく。

– important(大切なもの)

– needness(必要なもの)

– makes me happy(幸せにしてくれるもの)

そして、次の質問。

「What is the worst of him?(彼の1番悪いところは何?)」

彼というのは、先程のサウジアラビア人。
聞かれたのは、わたし。

答えられるわけがない。

そんなこと言われて誰がいい気分になるの?

そもそも悪いところを知っているほど彼と関わっていない。

ただ、彼はとても優しくていつも気にかけてくれるし、実際彼の悪いところが思いつかなかったのでわたしはそれを伝えようとした。


「He always takes care of me, he is very kind, so I can’t find…」

と、わたしが最後まで言い終わらないうちに彼が口を開いた。

「Teacher, why do you ask that?(先生、なぜそんな質問をするんですか?)」

彼の声には怒りが滲んでいた。
驚いたわたしは彼の方を向いた。

「We are friends, and we gathered here with same purpose.(わたしたちは同じ目標を持って集まった友達です)」

彼の声はどんどん大きくなっていく。


「But your question break our friendship! ◎△$♪×¥●&%#?!(しかしあなたの質問はわたしたちの友情を壊そうとしている。ゴニョゴニョゴニョ…)」



彼の怒りに対し、先生も必死に謝っていた。
不快な気持ちにさせるつもりも友情を壊すつもりもなかった、と。

しかし、どんなに先生が弁明しようとしても彼は話すことをやめず、そして立ち上がるとわたしたちには目もくれず教室を後にした。

この一件から考える国民性

彼が怒るのは当然である。
誰だって自分の悪いところを指摘されて気分のいい人なんていない。
もしわたしが彼の立場だったら同じく不快な気持ちになっていただろう。

だがそこは日本人。
彼のように怒ったりはしない。
ただ不快になるだけで、苦笑しながらその場をやり過ごしていたと思う。

実際に同じクラスで不快に思うことがあった。
先生がゲイを笑いのネタとして挙げたとき、すごく嫌な気持ちになった。
先生はここに当事者がいることに気付いているんだろうか。
もちろん気付いていないだろう。
だからこそこんなことが言えるんだろうけど。

先生の質問の意図は理解できる。
きっと、誰しもいいところと悪いところがあって、でもそれらを受け入れてこそ友情だと言いたかったんじゃないかと思う。

でも、その授業の持っていき方はナンセンスだと思った。
フィリピン人ならお国柄あまり気にしないのかもしれないが、ここは多国籍な人が集う語学学校なのだ。
色々な国の人が集えば色々な考え方がある。
わたしみたいに傷ついても言えない人もいれば彼のように怒る人もいる。
先生はそのことにもっと気を遣うべきだと思う。

1日の生活を通してそれぞれの国の人を見ていると、やっぱり日本人は控えめだし、中国人台湾人はフラットだし、ベトナム人は同じアジア人だけどどこか違う雰囲気を持っている。
韓国人はちょっと気が強く感じるし、サウジアラビア人は未知数だ。

イスラム教という未知の宗教を持つ彼らは、考え方もわたしとはまったく違うように思う。
ただ、彼らはとても信心深いしとても親切だ。


実際に、今回主役の彼はわたしのバッヂメイト(同じ日に入学した生徒のことをそう呼ぶ)で、入学当初わたしが英語ができないと落ち込んでいたら親身になって話を聞いてくれ励ましてくれた。


体調を崩していたときは「病院行くならついていこうか?君が行くところならどこでも一緒に行くよ」と言ってくれたり、「早く良くなりますように」と毎晩メッセージをくれたりもした。

彼のような親切さは日本人の感覚ではありえなくて(もしかしたらいるのかもしれないけど今のところ出会ったことはない)戸惑うこともある。

そもそも恋人以外と毎日連絡を取り合ったりはしないし、病院についていくなんてよっぽど親しくない限りは言わない。

だが、他のサウジアラビア人も同様に親切で、挨拶を交わす程度の関係なのに「これからコンビニ行くけど何かほしいものある?」と声をかけてくれたり、食べ物をたくさんくれたりする。

イスラム教というと、メディアのせいで怖いイメージを持ちがちだけど、実際に接してみると持っていたイメージとのギャップに驚かされる。
偏見とはまさにこういうことを言うのだと思った。

ただ、ひとつ言うなれば、信心深いゆえか発言に過激さを感じることはある。

ある授業で慣用句を使って例文を作るというものがあった。
こちらが何か提案し、相手が「It’s a deal!(もちろんいいよ!)」と答えるといったシチュエーションのもの。
主役の彼とは別のサウジアラビア人が作った文はこんな感じだった。

「I get angry, if you don’t go to my home for dinner.(もしあなたがわたしの夕飯の招待を受けなかったらわたしは怒ります)」

あくまで例文とはわかっていつつも高圧的な誘い文句。
この場合、わたしに断る余地はないし、喜んで!とはとても言えない誘い方である。
だがしかし、一応授業なので「It’s a deal!」と答えておいた。


もちろん、サウジの人がみんなそうとは限らない。
日本人と言っても色々な人がいるし、サウジもまた同じだと思う。
ただ国民性としては、感情的になりやすい人が多いように感じた。いい意味でも悪い意味でも。



彼から受けた影響

影響を受けるほど時間を共にしているわけではないが、彼の行動や考え方には考えさせられるものがあった。
彼は自分に誇りを持っているし自分を信じている。

ある授業で彼は「迷信は信じない。未来を切り開いていくのは自分だし、わたしは自分自身を信じている」と言っていた。

彼は自分を大切にしているからこそ、傷つけられたときに怒った。
もちろんわたしも自分を大切にしていないわけでない(と思っている)。
だが、彼ほど自分が大切にされるべきで尊重されるべきであるという意識が強くないのかもしれない。

現代の日本では、まだまだマイノリティは生きにくい。
わたしは今までカミングアウトして傷つけられたことはないけど、カミングアウトできない友達はたくさんいるし、わたしだってこの先傷つけられることもあるだろう。


一般的な日本人に比べ、自分は自己主張する方だと思っている。
でも彼を見て、わたしはもっと自己主張をすべきだと思った。
自分の意見を押し付ける自己主張ではなく、自分の意思を伝える自己主張を。


言わないということは、そうではないことと同じだと思う。
傷ついたとしても、言わなければ傷ついてないことになってしまう。
だからもっと自分の気持ちを伝えるべきだし伝える努力をするべきだと思う。


海外を旅していて思うのは、日本人特有の “なんとなくわかるよね?” は海外ではまったく通じない。
国が違えば感性も違うし、言葉にしなければわかってくれない。(言葉にしてもわかってもらえないことも多々あるけど…)
もちろん日本人同士だって例外ではない。

あれ以来、彼はグループ授業はおろか学校にも来ない。
それが彼の意思表示でもあるのだと思う。

あのときの教室の気まずさと言ったらなんとも言い難いものではあったが、彼の行動によって改めて考える機会をもらったように思う。

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